物理オリンピックへの道(Part0:You never fail until you stop trying)


国際物理オリンピック日本代表の部員による,物理オリンピックについての紹介Part0

+9  2020/4/1  jpho, ipho, 物理チャレンジ, 国際物理オリンピック

科学オリンピックと聞いてみなさんがよく思い浮かべるのは,数学オリンピックではないかと思います.映画サマーウォーズでも有名な数学オリンピックですが,実は他の分野でもオリンピックが開催されています.その中の一つ,物理オリンピックに参加した部員が,物理オリンピックについて紹介していくシリーズ第0弾です.

この記事を読んで,実際に物理オリンピックに挑戦する人が出てきてくれれば嬉しいです.

Part0の今回は,ややシラバス調に,物理オリンピックの概要と全体的な流れを説明します.Part1以降は時系列に沿って,僕の体験も交えつつ,物理オリンピックの楽しさを伝えていく予定です.

Part0:You never fail until you stop trying

0-0.競技科学という道

競技科学という言葉を聞いたことがあるでしょうか.科学の分野で,試験を行い,点数によって実力を評価するイベントがあります.それらは競技科学と呼ばれます.競技科学の中でもっとも権威が高いのが,国際科学オリンピックでしょう.歴史ある国際数学オリンピックを始め,物理,化学,生物,地学,情報・・・など,様々な分野において,毎年世界中の生徒が集まり,その実力を競い合います.

僕が参加した物理も例外ではなく,毎年開催国に400名程度の生徒が集まり,総計10時間のコンテストを体験します.強調しておきたいのは,(以下,物理チャレンジ日本委員会の先生の言葉を引用しますが)物理においては試験による競争はあまり重視されていないということです.そもそも物理学者は権威を嫌うため,テストの点数による評価づけをよしとしません.むしろ,物理オリンピックの目的とは,

・出題されたテーマから物理そのものに対する興味を与えること,

・国際交流・文化交流を通じてずっと続く人脈を形成すること

にあるそうです.

それでは,国際物理オリンピック(以下IPhO)とは実際にどのようなものなのでしょうか,また,代表までの道のりはどうなっているのでしょうか,日本で行われる大会:物理チャレンジ(以下,物チャレ,JPhO)とはどのようなものなのでしょうか.今回は,その大まかな流れを紹介していきたいと思います.

<物理チャレンジ日本委員会のHPはこちら

0-1.IPhOとは

まず,IPhOについて軽く解説したいと思います.詳しい内容については,今年のIPhO終了後に参加記として書こうと思っています.

0-1-1.概要

IPhOは他の科学オリンピックと同じく,毎年夏に開催されます.開催期間は8日程度で,その中で選手は2種類のコンテストを体験します.1つは実験試験で,もうひとつは理論試験です.それぞれのパートは5時間あります.1つの試験に5時間ってとても長い,と思われるかもしれませんが,一瞬です.軽食も配られるので,それでリフレッシュしてる人もいます.ちなみに僕は口内環境の変化が苦手なので食べません.問題は5時間相応の難易度と問題量です.例えば,理論試験では答案用紙がA4みっちり10数枚あります.

また,参加できる年齢などに制限があり,高等教育(大学など)に進学している人は参加できません.そのため,ほとんどの参加者は各国の中学・高校生で占められています.このせいで年度の開始が世界とずれている日本は損してるんですが,それについては後ほど.

話がそれますが,IPhOは「アイフォー」と呼びます.昔誰かが「アホー」って呼んでて悲しかったです.同じく,JPhOは「ジェイフォー」です.科学オリンピックで読み方が一番困るのは,ヨーロッパ女子数学オリンピック(EGMO)ですよね.数オリ代表が「エグモ」って呼んでましたがマジですか?多分「イージーエムオー」だと思います.

0-1-2.理論試験

理論試験では,5時間で大問3つ程度を解きます.シラバスはこちらを参照してください.日本の高校で扱われる内容はもちろんのこと,大学で扱われるような範囲からも出題されます.日本の高校物理教育では扱われない,微積といった数学を自由に使うことで,より本質的で高度な議論をすることが可能になっているのが特徴です.また,回転運動や弾性体・流体,相対性理論は日本の高校物理では扱わない内容になっています.過去問は物理オリンピック日本委員会(以下,JPhO委員会)が和訳したものがありますので,こちらを参照してください.

微積の話が出てきたので一言.高校物理界で「微積物理」っていう言い方がありますけど,そもそも物理って微積分学と共に発展してきたので,逆に微積のない物理があるんですか,と思います.無理に数学を封印すると自由な議論ができないので,使える人はどんどん使っていくべきではないでしょうか.

0-1-3.実験試験

実験試験では,5時間で大問2つ程度を解きます.日本の高校物理では実験が少ないため,問題を見るとやや高度に感じるかもしれません.ただ,扱っている内容は非常に面白く,開催国の得意分野から出題されることもあります.実際の問題はこちらを参照してください.

実験試験で求められるのは,実験のベースとなる理論の理解,正確な測定,誤差の解析などです.誤差の解析やグラフの書き方については標準的なルールがいくつかあり,それらを守ることも重要です.複雑な実験試験の場合は,問題文が十何枚にも及ぶことがよくあります.

一つ問題の例を紹介すると,タイ大会では「ブラックボックス」の問題が出ました.力学的ブラックボックスでは,中にボールが入った円筒が与えられ,ボールの位置や円筒とボールの質量比を求め,さらにそれらの数値を利用して重力加速度を測定するという,とても教育的な問題でした.上で述べたように,実験試験の問題文はとても長いのが常ですが,この問題はたったの2枚でした!問題はこちら

これは余談ですが,物理オリンピックでは制限時間の中で実験をします.点数を追い求めていくと,測定がある程度適当でも仕方ない,という発想になりがちです.ただ,適当に測定すると結局精度とかの観点で自分が損をすると思います.下世話な話ですみません.

0-1-4.国際交流としてのIPhO

IPhOの本質は競うことではなく,コンテストを通じた物理の理解促進と,国際交流(by物理オリンピック日本委員会)です.試験がない日はエクスカーションが組まれ,観光地見学に行ったり,研究施設を訪問したりするそうです.これらについては,実際に参加した後に体験記として書こうと思っています.乞うご期待!

0-4.IPhOに出場するにはー代表までの道のりー

0-4-1.国内予選

前章でIPhOの大まかな内容についてわかってもらえたかと思います.とはいっても,希望者全員がIPhOに行けるわけではありません.国内予選が存在します.IPhOでは各国最大5名まで代表を派遣することができます.日本も毎年5人を送り込んでおり,その選抜のための試験が存在します.これらは物理チャレンジという呼称のもと行われており,具体的には

  1. 予選(第1チャレンジ):実験レポートおよびマーク理論試験
  2. 本選(第2チャレンジ):予選を通過した100名による5時間ずつの理論および実験試験
  3. 代表候補研修:本選を通過した12名による合宿,通信添削
  4. 代表選抜試験(ファイナルチャレンジ):代表候補12名から代表を選抜する
  5. 代表研修:代表5名に対する合宿,通信添削
  6. 国際物理オリンピック

という流れになります.それでは順に見ていくことにしましょう.

0-4-1-1.第1チャレンジ

第1チャレンジは,実験レポートの提出と理論試験からなります.科学オリンピックの中で,予選に実験レポートを課しているのは物理だけです.正直言って,実験レポートがとてもきついです.実験方法を考えたり,実験道具を集めたりするのはとても根気がいりますし,失敗は実験につきものです.参加者が増えないのはこれが原因だったり…とは思っています.ただ,実験を一つのレポートにまとめ上げるというのはとても大事なことです.データを可視化し,考察し,研究のルールに従ってまとめ上げるという一連の過程を高校生の間に経験するのは素晴らしいなので,ぜひ挑戦してみてください.実験レポートの締め切りはだいたい6月中旬です(今年はコロナウイルスの関係で下旬に伸びました).そして,7月の上旬にマーク式の理論試験があります.このとき,送付した実験レポートの成績はまだ公表されません.7月の下旬に合否通知とともに,マーク試験の点数と実験レポートの評価が送られてきます.

参加人数の話が出たので余談です.物チャレは2017年まで参加者が増えていたのに,2018年から減少傾向に入っています.まず,予選の有料化(2000円)が大きいと思います.今年からは本選出場者にさらに5000円の課金が課せられました.でも,最近はスポンサーもついてきたので,本選で関数電卓が無料で配られるなど参加費相応のサービスが受けられるようになってきました.ちなみに#電卓配布については面白い話があるのであとの記事で書くつもりです(ご期待ください).

再度確認ですが,これらの試験の具体的な評価方法などについては,あとの記事で扱うことにして,この記事では大まかな流れを紹介します.

0-4-1-2.第2チャレンジ

第1チャレンジの上位100名は,第2チャレンジに進むことができます.第2チャレンジは8月の下旬に集まり,IPhOと同じ形式(理論5hrs, 実験5hrs)の試験を受けることになります.その結果をもとに,メダル及び各賞が授与され,上位12名が代表に選ばれます.

前にも述べたとおり,物理オリンピック全体を通しての目的は,物理に関する興味を掻き立て,交流の輪を広げることです.そのため,第2チャレンジではコンテスト終了後,施設見学や講演,交流会が行われます.例えば,昨年は

  • 東京大学柏キャンパスの見学
  • カブリ数物連携宇宙研究機構の吉田直紀先生による講演
  • 参加者ならびにJPhO委員の先生方との交流会

がありました.JPhO委員会には,第一線で活躍されている研究者や,皆さんもご存知の塾講師などがおり,とても有益な交流会となりました.なお,これも詳しい内容については後日体験記で書く予定です.

0-4-1-3.代表候補研修

第2チャレンジを通過した12名は,国際物理オリンピック代表候補生として,半年間の研修を受けることになります.参考書として研修テキスト,問題集が配られるほか,毎月添削があります.僕にとってはこの添削がとてもきつかったです.僕は毎月,締め切り当日の夜に郵便局に駆け込んでいました.この期間中,2つの合宿があり,多くの講義と問題演習をこなします.

余談です.これは後で知ったんですが,配られた問題集はヨビノリ(気になる人は調べてください)さんが,大学院入試の参考書として推薦していた本でした.ちなみに僕は苦手分野の補習に使っただけで,まだ半分くらいしかやっていないです.

0-4-1-4.代表選抜試験(春合宿)

代表候補研修最後の合宿として,春合宿が存在します.ここで,代表候補に対して試験が行われ代表5名が決定されます.この試験は問題が回収されたりと,守秘事項があるので詳しくは書けませんが,相当きつい日程です.特に今年はコロナウイルスの関係で1日目と4日目の研修がカットされ,2日目と3日目の試験のみを行い解散という,イレギュラーな日程でした.あと,僕が前日に高熱を出しました.これについても次回以降具体的に触れていくことになります.

ちなみに,代表決定のお知らせは試験が終わって家に帰った後,電話で届きます.指定された時間帯に電話の前で待機させられて,電話が来れば通過,来なければ残念,ということになります.割と残酷です.今年に関しては,予告されていた日の前の晩にきたので驚きました(予定が流動的すぎる).

0-4-1-5.代表研修

今,まさに代表研修が始まりました(2020年4月1日).これから3ヶ月の研修を経て,国際物理オリンピックに参加することになります.もちろん開催されればの話ですが.

0-5.まとめ&次回予告

今回は,国際物理オリンピックの概要と,その代表を選抜するために行われる国内イベントの大まかな流れについて紹介しました.本当は未来の物理学徒を引き込む内容にしたかったのですが,シラバスみたいになってしまいました.

これからのシリーズは,僕の体験を交えつつ,物理オリンピックの楽しい部分をたくさん紹介していく予定です.次回は主に第1チャレンジについて扱う予定です.